祈りの滝 ジュリアス様編
美花、来たのか。
そなたを待っていた。
丁度、燕の子らが旅立つところだ。
数日前から少しづつ、巣の周りで飛ぶ訓練をしていた。
親鳥はその姿を少し離れたところから見守っていて、時に励ましたりもしているようだった。
中にはなかなか思うように飛べぬ者もいてな。
丁度、今、巣の縁に止まっている最後の一羽がそうだ。他の雛よりも体格も少し小さめで、餌を貰う時もいつも兄弟たちに横から奪われていた。
最後の雛も、幾度か羽ばたき飛び立とうとしているのだが ―― あっ……ああ、また、だめであったか。
そう、あのように。
兄弟たちは、既にあちらの木の枝にとまり、あれを待っている。
あまり時間がかかるようだと、見捨てられたりするのであろうか?
そなたは、そのあたりの燕の習性を知っているか?
ルヴァにでも問うて、事前に調べておくべきであったか。
む、確かに事前に調べたところで、私にできることはこうして見守ることだけなのだが ―― あ。
ようやく飛び立てた、か。
兄弟たちも、共に去ったようだ。
……行ってしまったな。
それにしても、最後の一羽ははらはらさせられた。
出来の悪い子ほどかわいいというのは、こういうことか。
強くあれ、無事であれと思う。
遠く、誇り高くあれと思う。
健やかな成育と、旅立ちを祝う気持ちはもちろんあるが、巣立って行ってしまったことの寂しさは想像以上だな。
そうか、来年も来るかもしれないのだな。ありがとう。
そなたが、今、隣にいてくれてよかった。
本当に、心からそう思っている。
だが ――
そなたもまた、あの燕たちと同じように、時と共に私の元を去ってゆく者だ。
まして燕とは異なり、もう帰ってはこない。
このことについて、ずっと考えていたように思う。
燕を見送った今のように言いようのない切なさを感じながらも、元気でと言って何事もなかったかのようにそなたを見送る時がくるのか、と。
そしてすべては夢の如く消え、私はこれまでと変わらぬ日常へと戻ってゆく。
―― そなたを知らなかった頃の私に、戻れるはずも無いのに。
空になったあの巣を見るたびに、きっと私は例えようのない喪失感に襲われるのだろう。
美花、私はその時を冷静に迎える自信がない。迎えたくはない。思えば思うほど、身を切られるような痛みを感じるのだ。
夏の光、木漏れ日の中。私の問いに誠実に答えてくれたそなたの眼差し。
風に運ばれた檸檬の香に微笑み、共に燕の巣を眺めた時間も。
私の中にあまりに色鮮やかにあり、夏と共に、終わりにすることなどできはしないのだ。
だから、言うべきなのであろう。
かつてのように……別れに対する切なさも、哀しみも、いささかも抱かずにいるのだと演じることは……もうできぬ。
美花。そなたを、愛おしく思っている。
もしも、そなたが許してくれるなら、この先もずっと私と共にいてはくれないだろうか。
どうか、私の元から去らずにいてほしい。
そなたの、答えを聞いてもいいだろうか?
―― そうか、ありがとう。
湧きあがる、この思いはなんであろうな。
愛おしく、温かい。
そなたにふれてもよいか?
ずっと、己の中にある影に、気づかぬふりをしていたように思う。
己の孤独を知りながら、孤独ではないと ―― いや、孤独でいいのだと、言い聞かせていたような、そんな気がする。
だが今、こうしてそなたを腕の中に抱きその温もりを知ると、もう二度と、元には戻れぬと思う。
そして、それでよいのだろう。
そなたに、永遠の愛を誓おう。
その頬に、その唇に。
いくつも落とすくちづけは、その誓いの証だ。
廻りくる季節。
この先、夏が来るたびに訪れる燕をそなたと共に幾度でも見守り、見送ろう。
飛び立った後の空の巣を眺め、切なさを感じたとしても。
―― 美花、そなたさえ傍らにいれば、私はきっと温かな思いに満たされているに違いない。
イラスト:にに様 / テキスト:佳月様
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アンジェリーク20Th企画で行っていた祈りの滝ですv好きな守護聖をえらぶと3部作で
守護聖様からのメールを送っていただけるという企画でしたv今回のはEDですv
素敵なお話とイラストにうっとりです///
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