真っ白い雪が降ってくる。
朝から降り続けた雪が聖地を包んで、歩くと踏み固まるほどに積もっている。
口からでる白い息が、歩く俺の赤い髪を流れて後に消えていく。
俺はいつものように馬にはのらずに、静かに降る雪の中を足早に歩いていた。
女王様も酔狂なことだと、俺は不謹慎ながらつぶやいた。
ここ聖地は常春なのが常だ。
しかし、巻き毛の金髪の女王様になってから、とある星の気候を取り入れることに決まった。
なんでも季節感があるほうが「イベント」が盛り上がるからだそうだ。
まあ、楽しみがあるほうが民も喜ぶがな。
それが、恋人同士のイベントなら、もちろん俺は寒さも厭わないさ。
俺の情熱で、寒さも吹き飛ぶってもんだ。
恋人同士。そうだ。今の俺には意中の人がいる。
手に入らない想いだと思っていた。
しかし、つい先日想いを遂げることが出来た。
それが守護聖の首座であるジュリアス様だと誰が思うだろう。
俺がジュリアス様にぞっこんなのは周囲の承知だったが、あのジュリアス様が、俺を・・・あ、愛してくれるとは、ちょっとビックリだ。
感のするどいオリヴィエにほのめかされてジュリアス様との事を告白したときは、そりゃあの極楽鳥がカエルになっちまうほどに驚きやがった。
まあ、いい。
いつかあのジュリアス様にこのオスカーありと言明できるほどの男になってやる。
もちろん今もそうだと思っているが!
ただ・・・。
深く息を吐くと、白い息が目の前を曇らせる。
今のところ問題なのは、この宇宙一のプレーボーイである俺がジュリアス様の前だとただのウブな男になっちまうってことだ。
この俺ともあろうものが、恋のイニシアチブをとれないなんて・・・。
想いが遂げた直後は、普通昼夜かまわず愛をたしかめないか?
・・・いや、それは俺だけかもしれんが。ジュリアス様にそこまでは求めてはいない。
求めていないが・・・一度想いをとげてそれっきりっていうのは、ひどくないだろうか?
想いを遂げたのはクリスマス。
それから・・・ひふうみいと手で数える。
たしかに年末新年と仕事で忙殺されたが、2度も週末のベッドを一人ですごしたのはやはり寂しすぎる。
今日は金の曜日。俺はぐっと拳を握った。
今日が決戦!
今日で週末に甘い時間を過ごせるか、侘しく独り寝するかが決まるのだ!
俺は決意を新た聖殿に向かう為に歩調を速めようとすると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「そこの色男のお兄ちゃん〜。何ぞほしいもんありまへんかー?」
*・・・・・・・・・・・・・・・*・・・・・・・・・・・・・・・*・・・・・・・・・・・・・・・*・・・・・・・・・・・
俺は自分の執務室にはよらないで、そのままジュリアス様の執務室へ向かった。
手には布袋。
扉をノックして中へ入る。
中へ入ると、執務室はあまり外と変わらないぐらいの気温でひやりとしていた。
ジュリアス様は人にも厳しいことを言われるが、ご自分にもずいぶん厳しいところがあって、あまり暖かいと仕事に身が入らないといって、暖房をひかえているらしい。
ジュリアス様は窓辺に立って、外をながめていたようだ。
「おはよう、オスカー。こんな朝から何かあったか?・・・・今日は寒いな。窓ガラスもこのように冷たくなって・・・。
暖房でも強めるとするか・・・」
何故だかジュリアス様は自嘲気味に笑う。
今日はお加減がよろしくないのだろうか。う、まずい。
俺はあわてて、持っていた袋をジュリアス様の前に出した。
「今日は特別寒いですね。いいものをチャーリーからもらってきました」
俺は袋から黄色いモヘアの毛玉のようなものを取り出して、5〜6個をすり合わせ宙に放り投げる。
それは空中に浮かんで、淡く発光しながらフワフワとあたりを漂いはじめた。
「これは寒冷地の星で作られてるそうですよ。発熱してしばらく宙に浮いてるそうです。
ほら、あたたかくなってきました」
「随分と変わったものがあるのだな・・・。そなたの心遣い感謝するぞ」
そういって手玉を触るジュリアス様の指先が、ピンク色になっている事に気がついた。
思わず自分の手でジュリアス様の手を包んでしまう。
愛するお方の体が冷たくなるなんて、俺には耐えられない。
「ジュリアス様、手が赤いですね。ずいぶん冷たい・・・。しもやけになってしまいますよ」
手をこすってあたためる俺に、ジュリアス様は微笑んだ。
「ふっ・・そなた・・・この寒空の中にあっても暖かい手をしているのだな・・・。眠いのか?
いや、冗談だ。・・・私の手も温まった」
どうだ?と言って俺の頬にジュリアス様の手がのびる。
俺は頬にあてがっているジュリアス様の手に自分の手を重ねた。
「まだ冷たいですよ、ジュリアス様」
そして、その唇に軽いキスをする。
「俺の熱で温まってくれましたか?」
ウインクする俺の前で、ジュリアス様の顔が上気して、とても愛らしかった。
どうしたのだろう?今日のジュリアス様は儚げで可愛らしい。
誇り高いジュリアス様はもちろん敬愛するにふさわしいお方だ。
でも、時折見せる儚げな仕草は、ギャップとあいまって、扇情的に俺は感じてしまうのだ。
ジュリアス様はうつむきながら俺に体をあずけ、俺の背に手をまわした。
どどどど、どうしたのだろう?
まだ朝で、しかも執務室で、執務時間だとういうのに!
いつものジュリアス様は、俺がおふざけで合間を見て軽くするキスさえ、顔を赤らめながらも眉をひそめて、不謹慎だぞ!とぼやくと言うのに。
夢かもしれない。夢でもいい。夢ならなおさら今を楽しまなくては!
俺はジュリアス様を力強く抱きしめた。
「ジュリアス様・・週末は俺の屋敷で朝まですごしてくださいますか?」
俺の胸に顔をうずめてうなずいたジュリアス様は、ゆっくり体を起こして俺の顔を見た。
紺碧の瞳が潤っている。
「・・・あの時以来、寝床がひどく寒いのだ。聖地に雪が降っているせいもあると思うが・・・。
年末年始は仕事の忙しさで気もまぎれたが、落ち着いた今は週末が・・いや、夜がひどく辛い。
こんな私をおかしいと思うだろう。いや、私自身思うのだから、オスカーも驚愕しているだろう。
だが・・・」
俺はジュリアス様の言葉が終わらないうちに、もう一度強く抱きしめた。
「言ってくださればよかったのに!俺はいつでも貴方の傍に馳せ参じたものを!申し訳ございません、
貴方にそんな想いをさせていたとは・・・。しかし、週末はお誘いしても断られていましたが?」
そうなのだ。今日みたいにはっきりではないのにしろ、何気なく誘っていたので、俺はジュリアス様がそんな心境でいたことに心から驚いた。
ジュリアス様は顔をそむけて、怖かったのだと告白した。
「自分が自分でなくなってしまうようで・・怖かったのだ。臆病なやつだと笑ってくれ。そなたを避けていたのではなく・・・自分に対峙する勇気をもてなかったのだ。」
無理もないかもしれないと、俺は思った。
幼少から守護聖になられたお方だ。人とのスキンシップは慣れていないだろうし、恋人との甘い時間を1度体験したからといって、そのことにすぐに慣れるほど器用でないとしても当然だ。
ジュリアス様は自分のことには、とことん不器用なお方なのだ。
恋人の微妙な心の機微をもっとわかってあげればよかったと、俺は反省した。
これではプレイボーイなんて浮名は返上しなきゃならない。
「だが」とジュリアス様は俺をまっすぐに見る。
「今日・・・よくない夢を見た。・・・サクリアが喪失する夢だった」
「え?!」
驚く俺を見て、苦笑して首を振る。
「ただの夢だ。そのような兆候はどこにもない。ただの夢だが・・・夢でよかった」
そして、ジュリアス様は俺の後ろに回した腕を強めてもう一度、俺の胸に顔をうずめた。
「少しの勇気を持たないばかりに、後々後悔するような愚かなことはしたくない。
オスカー、永遠などどこにもない。
限りある時間ならば、少しでもそなたの傍にいたいと・・・そう思ったのだ」
俺はなんだか泣きたくなった。
そして、より一層にジュリアス様を愛しく感じた。
「ええ、ジュリアス様。俺は常に貴方のお傍にいます。けっして離れたりしません。家宝の剣に誓って
お約束いたしましょう。」
今日の夜からそなたの私邸へ行っていいかと聞かれ、もちろん即座にうなずいた。
ジュリアス様。肉体の永遠はありえません。それは仕方のないことです。
しかし、魂は永遠だ。俺は自分の魂に貴方を刻み付けましょう。
何度生まれ変わっても、貴方を見出せるように。
未来永劫、貴方だけを愛するように。
夢見が悪かったジュリアス様は、よっぽどその夢がこたえたようで、今日の執務は午前中で切り上げ午後からは俺の私邸でゆっくりと愛を語らった。
外は雪。
ああ、宇宙の万物をあまねく統べる女王様。あなたはやはり正しい。
恋人同士には冬は不可欠だ。
横で寝息をたててるジュリアス様のあたたかい体温を感じながら、俺はそうつぶやいた。
Fin
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