思いの果て 日が傾いて横から差し込む黄金色の西日に背中を押されてジュリアスは執務室を後にした。
私邸までこのままのんびりと歩くのもたまにはよいものだ・・とゆっくりとした歩調で木立の中を進む。
最近ジュリアスは執務中であろうとなかろうと時々意識がエアポケットにスポンと落ちるようにオスカーのことを思う。
それが何故なのだか未だよくわからずにいるのだけれども・・
(オスカーの仕事ぶりは目を見張るものがある。
私の右腕として申し分ない働きだ・・しかし・・それだけではないような気がする。
気がつけばオスカーはいつも私のそばにいて・・いて・・?首座であるがゆえの孤独はいつだって私について回る。
だが・・・近頃その孤独という穴が埋められていくように思うのは何故なのだ・・・)
金の波打つジュリアスの髪が一足進める毎に不規則な輝きを放ち、神々しさをあたりへと振り撒いてゆく。
ふと辺りが騒々しくなった。
何事かと視線を彷徨わせると少し先の大きな木の向こう側に赤い髪が動くのが見えた。
オスカー・・声をかけようかと思った瞬間、そこにいるのがオスカーだけではないことに気がついてジュリアスは足を止
めた。 目を丸くするジュリアス・・それもそのはずだろう・・
実ににこやかで自信たっぷりな表情のオスカーの後から愛嬌のありそうな女性が一人、オスカーの腕にすがるように
自分の腕をからませながら歩いてくるのだから。 ここに自分がいてはいけないような気がして・・でも足が動かずにどうしていいやらわからずに困惑したまま立ちつくし
てしまった。 当然のようにオスカーとそこで鉢合わせになる。
ジュリアスに気がついたオスカーの僅かにこわばった表情をジュリアスは見逃さなかった。
「ジュリアス様・・今、お帰りですか?お疲れ様でした・・」
「・・・毎日そなたは激務をこなしているはずだが、その割に元気が有り余っているようだな・・出かけるのか?そちら
の麗しい女性と・・」妙にとげとげしい物言いになってしまったことをジュリアスは後悔した。 オスカーがプライベートで誰とどこへ出かけようがそこまでジュリアスが関知すべきことではない。
「はい。約束をしておりましたので・・」
「いや・・構わぬ・・そなたが仕事から離れてどのように行動しようと私があれこれ言うものでもあるまい・・どこへゆく
のが知らぬが守護聖の立場を考えて行動することぐらいは、そなたのことだからきちんとわかっているのであろう。 ゆくがよい・・女性を待たせては失礼であろう・・」
「は・・い・・失礼いたします・」
普段からジュリアスもオスカーも常に行動を共にしているせいか、お互いの間にわだかまりなどを感じることはないの
だが、今日は違った。 別々の方向へ歩き出した二人に微妙な距離を思わせるような空気が辺りに漂った。
私邸に戻ったジュリアスは不自然に落ち着かない気持ちを抱えて苛立っていた。
(何故私はこのように部屋の中をうろうろと歩き回ってはいらぬため息を何度もつくのか・・何がいったいそうさせるの
だ・・オスカーは・・・いや・・くだらぬ・・・)首を横に振る。 ろくに夕食にも手をつけずに部屋に篭ってること自体既にその心を持て余しているというのに・・・(己の知らぬ顔・・己
の知らぬ言葉・・何もかも知らないことだらけだ・・オスカー・・そなたのことなど私は何もしらぬ。 これほど日々の中で顔を合わせぬ日はないというのに、言葉を交わさず過ごすことなどないというのに、私はオスカ
ーの何を見てきたのだろうか。 何をオスカーに求めてきたのだ・・何・・を・・・?執務を離れても常に私の傍にいるはずのオスカーが私に何も言わず
に連れを伴って出かけてゆく・・ それのどこに不満があるというのだ・・オスカーの自由ではないか・・女性の一人がいたところで何の不思議があろ
う。 当然のことではないのか。
私はいったいどうしたというのだ・・)
このモヤモヤしたものが何なのかを知りたいと思う反面、知ってしまえば己の中で何かが大きく変わってしまうような
恐れもあった。 簡単なことなのに・・・そのモヤモヤをたった一言で表現できるということに気付かない・・いや・・或いは既にわかって
いるのに認めたくないジュリアス。 そのお育ちのせいか、気性のせいか・・ここで自身がオスカーを求めてるなど認めれば、現在までかたくなに守り通し
てきたプライドだとか己に課している厳しさだとか、とにかく一人で常に神経を張り詰め周囲の者を不用意に近づけな いオーラを発して突き進んできたのだ。 それがすべて打ち砕かれてしまうかもしれないという恐怖。
堂々巡りの中たいした睡眠もとれずに夜が白々と明けてしまった。
重たいまぶたに射しこむ朝の光りが頭痛を引き起こしそうだった。
軽い眩暈をつれたまま身支度を整えどうしてもすっきりしない胸の固まりを無理やりに押さえつけたジュリアスは執務
へと向かった。 ジュリアスがオスカーの執務室の前を通るときには毎朝その扉は開け放たれており、「ジュリアス様、おはようござい
ます」と姿を見せに廊下まで出てくるのだ。 ところが今朝はそれがない。
(ふっ・・私は何を期待しているのだ・・)
そのまま自分の執務室へときえてゆくジュリアスだった。
オスカーはオスカーで、やはりジュリアスと出会ってしまったことが外出への後ろめたさに拍車をかけてしまったのだ
った。 女性を連れて歩いていたというたったそれだけのことが・・極普通のことが、オスカーには大きな失態になってしまっ
たのだ。 オスカーの心にはジュリアスしか存在していない。
でもジュリアスの心はどうなのだろうか・・ジュリアスをちらちらと盗み見しながら、本心を探り出そうと試みるオスカ
ー・・ 昨夜俺が女性を伴ってでかけたことがそんなにいけないことだったのか?だとしたらそれは・・それは・・
執務は執務・・そこへ私情を挟むなどもっての他であることはオスカーにもわかっていた。
だが人一倍ジュリアスと時間を共にすることの多いオスカーは針のムシロのようであった。
いつもにもまして凛とした冷たさ・・口を開いたかと思えば余計なことは一切言わず・・仕事のことのみ。
これだけ同じ空間にありながら顔も目もあわそうとしないのは何故だ・・。
ジュリアスが昨夜の自分をどう見ているのかが不安でたまらなかった・・所詮聖地一のプレイボーイだなと笑われて
いたのだろうか・・それなら何故、棘を含むような冷たい言い方をなさったのだろう・・俺と彼女がデートにでかけたこと を気に止めていないのなら今日一日がこれほどまでにギクシャクすることもなかったのでは? 釈然としないままやがて、いつもと様子の違うオスカーを横目にジュリアスの無意識の欠片がオスカーをいじめ続け
た一日が暮れてゆく・・ はぁ・・・・大きなため息を数え切れないほどつきながら私邸へと戻ったオスカーだが、やがてこの状況を維持すること
などもう到底耐えられないと屋敷を飛び出した。 意を決したまなざしはまさに炎のサクリアそのものをたたえ、たとえどういう答えが自分へ突きつけられようと中途半
端な思いを抱えてこの先を生きていくよりはるかにいい・・・と覚悟を見せている。 ジュリアスの屋敷へたどり着くとそのまま勢いよくジュリアスの私室の扉を開いた。
驚いたのはジュリアスである。
この無礼極まりないオスカーの行動に青筋を立てて声を張り上げた。
「一体何事か!私のプライベートな空間と時間にそのように土足で踏み込むとは!今宵、そなたをここへ招いた覚え
はないぞ!即刻立ち去るがよい!」 「失礼を承知で参りました。
ジュリアス様にどうしても申し上げたいことがあるのです。
俺はもう逃げません。
今日こそジュリアス様に俺の心を伝えるつもりでここへ出向いたのですから・・・」
「・・・・そなたの心だと?なにを訳のわからぬことを・・」
「守護聖である前に俺は一人の男です。恋をすれば激しく感情の揺れが生じるただの男だ。
・・相手の性別など関係ありません。ただ・・愛してる・・それだけのこと・・
俺はこの剣に女王陛下への忠誠を誓いました。
それは守護聖としての誓い・・でもジュリアス様・・あなたへの誓いはこの剣ではありません。
ただひたすらにあなたを求めあなたを見つめ続けたこの心に・・一人の男として人間として誓う。
今までもこれからもずっと・・ジュリアス様を愛したい!
守護聖の俺はこの魂の半分に・・・残りの半分はあなたのためだけの俺・・・双方の俺は常にジュリアス様のお傍に
この身を置いていただきたいと願っています。 聖地一のプレイボーイと謳われる俺ですら・・・ジュリアス様の前では恋に胸を焦がして張り裂けそうな思いを抱えた
情けない男かもしれません。 そうさせたのはほかならぬあなたです!」
(愛し・・たい・・だと?
恋こ・・がれて・・だと_
オスカーが私に?
何を言っているのだ・・・男同士ではないか・・・
ありえない・・そのようなことがありえるはずがない・・)
「・・そなたには数多の女性の取り巻きが存在するではないか・・昨夜のことも大方その中の一人のレディーだったの
では? そなたの今の言葉が真実ならば、そなたの取る行動は矛盾していると思うが?」
(わ・・わたしは・・何を口走ってるのだ?
これでは・・・オスカーを囲む女性に嫉妬しているようにとられるではないか・・・)
「確かにそうかもしれません。俺は・・俺は・・おろかなことをしてきたと思っています。
膨らみ続けたジュリアス様への思いとそれを伝えられないもどかしさが腹立ち紛れにあのような行動を起こすことに
なりました。 昨夜彼女とは早々に別れ私邸へと戻りましたが、その後はジュリアス様への思いが俺を眠らせてはくれませんでし
た。 今日も一日苦しかったのです。
ジュリアス様のお姿が視界に入るたびに胸を締め付けられる思いでした・・・
もう後戻りはできない・・したくない・・そう決心して今宵、突然の無礼を承知でここへ参りました。
ジュリアス様のお気持ちを確認したい・・・」
いきなりのオスカーの告白とも言える言葉を耳にしてとまどわないはずがない・・ジュリアスは恐らくその場に固まっ
たままオスカーの目を見つめることすらできずにいただろう。 耳から入る声が少しずつジュリアスの頬や耳を赤く染めていく。
向かい合わせに立つオスカーにまで胸の鼓動が響いてしまうのではという心配にだけ意識が集中してしまう。
何か答えねば・・でも何を口にすればよい?
「・・・・・・」無言のジュリアスをオスカーはいきなりその両腕の中へと閉じ込めた。
「・・な・・・何をする!」
「俺は・・・昨夜の女性にあなたが嫉妬してくださったのだと今、解釈しました。
俺が何をどう言ってもジュリアス様の気高いそのプライドが邪魔をして何も言葉をいただけないだろうと覚悟していま
す。 だから・・何もおっしゃらないでください。言葉をいただけなくても確認する方法があるのです」
ジュリアスの瞳は大きく開かれた。
オスカーの唇がふんわりとジュリアスの唇に触れたのだ。
何が起こったのかパニックのジュリアスに再び舞い降りてくる体温・・・
今度は一瞬ではなくできるだけ長く・・・深く・・・
オスカーの思いのありったけを送り込むようなキスを・・
ジュリアスの瞳が少しずつ閉じてゆく。
(私の中にあったわけのわからぬ固まりが溶けてゆく・・
この感情は何なのだろう・・温かく・・心地よく・・安堵へとつながっていくような・・オスカーの腕の中がこれほどまでに
居心地よいのだと、今までなぜ気がつかずにきたのだ・・・) オスカーにはジュリアスの変化が伝わってきていた。
抱きしめた腕から、触れた唇からジュリアスの心がほどけていくのがわかる・
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