ワイン ―炎x光編―




いつもと同じ穏やかな風がふく夕暮れの聖地の中を、オスカーは足取りも軽く早足で歩いていた。

行き先はジュリアスの執務室。

今日はすでにだいたいの仕事も終え、午後にはジュリアス様も暇にしているだろうとオスカーは目論ん
でいた。

彼は高揚する気持ちを抑えながら、執務室のドアをノックした。



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最近になってオスカーは、はっきりと自分の気持ちを理解していた。長らく敬愛信じてうたがっていなか
ったジュリアス様へのこの気持ち。

それが年月を経て、すこしづつ違うものへと変化していた。

それに気がついたときはさすがにショックだったが、様々な愛を渡り歩いたオスカーである。

そんなこともあることは知っていたし、自分がまさかそのような趣向があるのだと思いもしなかったが自
分の気持ちをとめることなどできなかった。

ならば、受け入れるしかあるまい。

この激しい甘美な想いを享受しようと、彼は迷いもなく決めたのだった。



秘書に迎えられ、オスカーはジュリアスの執務室にある隣の部屋に通された。

ジュリアスは私服のゆったりとした白い服を身にまとって、ソファに腰掛けている。

どうやら仕事もひと段落し、本を読んでいたようだ。

オスカーに気がつくと、彼は顔をあげ、

「どうした、オスカー。今日の執務はだいたい終わったが、何か問題でも?」

ジュリアスはいつもの厳しい雰囲気はなく、なにやら無防備に感じられて、オスカーの心中は穏やかで
ない。

しかし、平静をよそってオスカーは話しだした。

「ジュリアス様、先ほどカティスが来ていましたよ。上等なワインをいただきました。

どうですか?俺の私邸で飲みませんか?」

「カティスが・・・?珍しい事もあるものだ・・・」

カティスは前任の緑の守護聖である。

ジュリアスやクラヴィスの今の年長組が幼いころからのつきあいで、今でも守護聖たちから全幅の信頼
が寄せられ、星間の旅の間に聖地に寄ったりしているのだった。

「オスカー、私を誘っているのか?・・・せっかくだ・・・今からそなたのところへ行ってもよいかもしれぬ
な・・・。

・・・・しかし、何故オスカーのところなのだ?」

オスカーはどきりとした。



それはたぶん、ただの疑問で、オスカーの考えなど微塵も感じてないはずなのだが、下心いっぱいのオ
スカーには動揺するに十分な問いだった。

動揺したついでに口がすべる。

「し、下心などないですよ。」言ってから、かーっと顔に熱が集まる。

ごまかすように言葉を重ねる。「私邸の方がほうがゆっくりできると思ったからです、ジュリアス様。で
は、行きましょうか。」

性急にうながすオスカーに首をかしげ

「顔が赤いぞ?これからワインを嗜むのだろうが・・・。

ところで・・・そなたの下心とはいったい何だ?」

オスカーは曖昧に笑って言い間違いですよと答え、秘書に自分の私邸へジュリアスを連れて行くことを
告げている。

「まあいい・・・。さあ・・ゆくぞ」

上着を羽織り、ジュリアスはオスカーを後ろに執務室を出て歩き出した。

あわてて追うオスカー。

「ジュリアス様、馬車は・・・」

ジュリアスは振り向き、にこりと微笑んだ。

「今日はいい風がふいている。歩くのもいいものだぞ、オスカー」

すでに日は沈み、紫の空には星がひとつ天上に輝いている。

オスカーはジュリアスの横に追いつき、肩を並べて歩き出した。

横顔のジュリアスはいつものように、凛として隙もない。

その顔を盗み見しながら、オスカーは先日の食事会のジュリアスを思い出していた。

気分がよかったのだろう。いつもより酒量が多かったジュリアスは、珍しく酔っていたようだった。

頬を桜色に染めたジュリアス。

これからまたその姿を見られるかと思うと、オスカーの口元が自然に緩む。



酔ったジュリアス様は、白い肌が上気してなかなかお美しいからな。まあ、目の保養だ。

そう思ってから、はたと自嘲気味に苦笑する。

・ ・・可愛いものだな。俺もこんなことでうきうきするなんて。

そう。酔わせてどうにかしようなんて思っているわけじゃない。

ただ、美しいこのお方と、美酒に酔いたいだけだ。



くるりとジュリアスがオスカーに顔を向けた。

どきりとするオスカーにジュリアスは

「カティスは元気な様子であったか?」と問いかけた。

オスカーが、はいと頷くと、目元をほころばせ、そうかと頷いた。

胸がちりりと微かに痛む。

ジュリアスにそのような表情をさせるカティスが心底うらやましかった。

しかし、カティス様・・・。知っておられるのだろうか?

オスカーはふと思う。ワインをもらったときのカティスの台詞。

「酔わせて誘うのも手だぞ」なんて言っていたが・・・。

色々奥が深そうなお人だと、オスカーは頭をふった。



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二人が屋敷につくともう夕餉の支度は出来てあって、オスカーとジュリアスは食事をしながら、カティス
のワインを嗜んだ。

ワインは喉にするりするりとすべり落ち、ジュリアスもしだいに饒舌になっていく。

「さすがカティスだな・・・極上のワインだ。カティスはすぐに帰ったのか?

久しぶりだというのに私に顔を見せずに行くとは失礼だと思わないか?オスカー。

それにしても美味だな・・・。そなたも味わって飲むがいい」

苦笑しながら、オスカーはうなずき

「カティス様は忙しいご様子でした。また来られると思いますよ」と答えた。

「そうか・・また会う機会もあるだろう・・・」

ジュリアスの口からカティスの名前が出るたび、嫉妬心が芽生えて、自分ながらにそうとう重症だなと
自覚する。

いつかはこの炎が、自分を焼き尽くしてしまうかもしれない。

ならば、この美しいかの人も一緒に。

大きな炎になってすべてを焼きつくして、灰になるまで。

すべてを燃えつくしてしまおう。それこそが俺らしい愛しかただと、オスカーは酔った頭でそう思う。

「オスカー?」

ジュリアスに呼ばれて、はっとする。

見ると、ジュリアスもかなり酔っているようだ。

上気した頬が薔薇色となって、あでやかな危うさがただよっている。

「少し窓を開けてくれないか?ワインのせいか・・・顔が火照っているような気がするのだ。」

「ああ・・・そうですね。少しお顔が・・」

そういうオスカーも、ジュリアスの快美にますます酔ってしまいそうになり、頭を振る。

「俺も少し酔ったようです。窓を開けてきましょう」

「なんだ、オスカー・・・そなた酔ったのか?私より強いかと思っていたのだが・・・」

苦笑しているジュリアスに、貴方に酔ったのですよ、と心で告げる。

席を立ち、窓をあけると、夜風がさーっとオスカーの頬を触り、赤い髪に吹き抜けていった。

火照った肌に心地よい。

見上げると、満天の星が広がっていた。

「ああ・・・すごい星空だ。昨日、雨が降ったせいか、空気が澄んでいるんですね。」

「・・・まさに星が降ってくるようだな・・・」

いつの間にか、ジュリアスが横に来ていた。

肩がさわるほどの至近距離で、オスカーの胸が早鐘のようになる。

そんな距離で、ジュリアスはくるりとオスカーに顔を向けた。

なにやら憂いを帯びた眼差しのように感じて、オスカーはもう身じろぎも出来ない。

「星の光は優しい光だと思わないか?・・・光の守護聖である私の放つサクリアも時にはそういう優しさ
が必要なのだろうか・・・。」

いつもは威厳そのもののジュリアスがやけに脆く儚く思えて、オスカーは体中が熱くなるのを感じた。

女性なら、いつもの台詞で落としてしまうのだが、相手がジュリアスとなると、そうもいかない。そうもい
かないのだが、どうにもこうにも心も体も落ちつかない。

「ジュ、ジュリアス様はそのままでよろしいのではと思います。

誇り高く気高くあってほしいと・・・」

そう言うのが精一杯だった。

かすかに体温を感じる程の距離。そのまま抱きしめてしまいたい。手を伸ばせば・・・。

ぴくりとオスカーの手が動くと同時にジュリアスが口を開いた。

「オスカー、それほどに暑いのか?随分汗をかいているではないか・・・。

それならば、涼みがてら私をそのあたりまで送らぬか?」微笑みながら言う。

「え?」

「明日の執務に差し障りがあってはならない。そなたもそれほど酔ったのなら、しっかり休んで明日に備
えるがよい。さ・・ゆくぞ?」

あざやかに踵を返して、ジュリアスは入り口へ向かう。

金色の髪がオスカーの鼻先を掠めて、愛しいかの人はするりとオスカーから離れていった。



は・・はは・・さすがジュリアス様・・・。

「はっ。よ、喜んで。」

オスカーは脱力しながらも、ジュリアスの背を追いかけた。

それでも、とオスカーは思う。

それでも、ジュリアス様。いつか、あなたをこの腕の中に・・・。




金髪の麗人はいつものように、凛と前を見つめて歩いていった。




Fin


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