アルカディアでお茶を1



あ、また……。



私は体を硬くした。
大きな揺れが、私を、森を、アルカディアを揺さぶる。

──霊震。

エルンストさんが名づけたこの揺れは、物質的な揺れではなくて大きな意思の力が働いて
発生するらしい。


はあ〜。

なんとか、揺れも終わって、私はずるずると大木の根っこにすわりこんだ。
昨日も遅くまで、レイチェルと育成の状況なんか打ち合わせしていたら、寝るのが遅くなっ
てしまった。

けっこう寝不足が続いている。もちろん、それは私だけじゃなくて、王立研究院の人達も

守護聖さまもみんながそうなんだけど。
だから、私だけ弱音なんか……、あふ。
私は大きなあくびをして、こてっと頭を木にもたれかけた。
目があけていられなくなる。これから、王立研究院に行かなきゃならないんだから。
でも、少しだけ、すこしだけ……。


少し前まで、私は普通の女の子だった。
それが、どういう訳か女王になっちゃって、しかも今は次元のはざまに飛ばされてしまって
る。

この次元は百十五日したら消滅してしまうらしい。
そうなると、この私たちがいるアルカディアという浮遊大陸も消滅してしまう。
それまでに、アルカディアにある銀の大樹に封じられている《封じられし者》を解放しなくて
はならない。

わからない事ばかりで、でも、やらなきゃいけない事も沢山あって。
そんな事、私にできるのかな……。
陛下もいて、守護聖さまも、レイチェルもいるけど不安はぬぐえないよ。


「そうさ、できる訳ないよ」

突然、声がどこからかして、私はぎくりとした。
いつの間にか、まわりは闇に包まれている。

「そんな力がお前にあるものか」

 真っ暗で、どこに誰がいるのかわからないけど、声のした方に私は怒鳴っ ていた。


「できる!できるんだから!」


言った途端、白い羽が目の前を覆って視界が一瞬きかなくなる。
でも、すぐに羽もなくなって、緑が目に飛び込んできた。
何本もの木々と草花。そう、私は森を歩いていたはず。

「あれ?」


もしかして、眠っていた?
日はすっかり傾いている。
「きゃああああ」ど、どうしよう!今日は守護聖さまの定期会議に呼ばれていたのに!
私は駆け出した。






定期会議は王立研究院で行われていて、私はあせりながら研究院の扉を開けた。
開けるとホールがあって、そこにジュリアスさまが驚愕の表情で私を見ている。
「あのー・・・遅れました・・・」
そう言った途端、はじけるように私のところにやってきた。
「アンジェリーク!どうしたのだ?皆、心配してあちこち探していたのだ!」
私はジュリアスさまの手前、ごまかすことも出来ず、何をしていたのだ?

と聞かれ、観念することにした。

「も、森で寝てました・・・」

ジュリアスさまは、言葉が理解できないかのように私を見る。
そこへ、息を弾ませてオスカーさまがやってきた。
「ジュリアスさま!アンジェリークは見つかりましたか?」
私は小さく体をちぢこませ、自分を指さしながらオスカーさまにひきつった笑いをみせるしか
なかった。



さくさくと草を踏みつける足音がふたつ。それから、金属が触れ合う小さな音。
歩く度に、腰の剣が鎧にあたっている。
私はオスカーさまと歩いていた。
ジュリアスさまが、私を館までおくるようにとオスカーさまに命じたのだ。
日もすっかり落ちている。
私はちろりとオスカーさまを見て、
「ジュリアスさま、怒っていましたね。私、あきれられたでしょうか?」
オスカーさまは息を吐くように笑って、
「お嬢ちゃん、ジュリアスさまは怒っていたんじゃなくて、心配なさっていたんだ。
さっきもお嬢ちゃんがこないと部屋をウロウロ歩きまわっていたからな。
まあ、真相も解らないことだらけだし、仕方がないかもしれないが」

「守護聖さま達も不安ですよね……」

オスカーさまは首をかしげて、私の顔をのぞきこんだ。
「不安なのはお嬢ちゃんなんじゃないのか?そんな顔しちゃいけない。
レディは笑顔が一番だぜ。大丈夫、俺がついている」
あいかわらずの物言いに、私はくすりと笑ってしまった。

オスカーさまは、その笑顔があればなんでも出来ると笑っている。
そう、不安だ不安だと言ってもなにも始まらない。
出来ることからやっていかなくっちゃ。





─といっても、物事はなかなか進まないのが現実で。
ここ王立研究院は重い空気が漂っていた。


最近、守護聖さま達は定期的に会議を行っていて、今日はエルンストさんに何か進展があ
ったか聞きにきたのだ。

私も呼ばれてきたのだけど、何も進展していない。
それを聞いたゼフェルさまが、
「何もわかってないなら、集まってもしょうがねえな」と言って、帰ってしまったのだ。
マルセルさまとランディさまは、ゼフェルさまを追って行ってしまったし。




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